2020年6月8日月曜日

「人質的略奪的拉致」:小暮泰用「復命書」①

内務省嘱託小暮泰用より内務省管理局長竹内徳治宛「復命書」より

  従来朝鮮に於ける労務資源は一般に豊富低廉と云はれて来たが支那事変が始つて以来朝鮮の大陸前進兵站基地としての重要性が非常に高まり各種の重要産業が急激に勃與し朝鮮自体に対する労務事情も急激に変り従って内地向の労務供出の需給調整に相当困難を生じて来たのである、更に朝鮮労務者の内地移住は単に労力問題に止らず内鮮一体と云ふ見地からして大きな政治問題とも見られるのである

 然し戦争に勝つ為には斯の如き多少困難な事情にあっても国家の至上命令に依って無理にでも内地へ送り出さなければならない今日である、然らば無理を押して内地へ送出された朝鮮人労務者の残留家庭の実情は果して如何であらうか、一言を以て之れを言ふならば実に惨憺目に余るものがあると云っても過言ではない

 蓋し朝鮮人労務者の内地送出の実情に当っての人質的掠奪的拉致等が朝鮮民情に及ぼず悪影響もさること乍ら送出即ち彼等の家計収入の停止を意味する場合が極めて多い様である、其の詳細なる統計は明かでないが最近の一例を挙げて其の間の実情を考察するに次の様である

 大邱府の斡旋に係る山口県下沖宇部炭鉱労務者九百六十七人に就て認査して見ると一人平均月七十六円二十六銭の内稼働先の諸支出月平均六十二円五十八銭を控除し残額十三円六十八銭が毎月一人当りの純収入にして謂はば之れが家族の生活費用に充てらるべきものである


(出典:内務省嘱託小暮泰用より内務省管理局長竹内徳治宛「復命書」)

解説

中央政府官僚小暮泰用が1944731日付で上司に提出した報告書である。内容は、自分が朝鮮に出張して調査した、戦時下の朝鮮の行政や民衆の動向で、内部向けの資料なので、いわば日本帝国にとっての「不都合な真実」も隠されていない。労務動員については、日本行きの朝鮮人労働者は「無理を押して」送り出された人びとで、送り出しの実情については「人質的略奪的拉致」であると記されている。ちなみにこの報告が行われた時点では、国家総動員法第4条・国民徴用令の手続きによる「徴用」ではなく、「官斡旋(かんあっせん)」が日本行きの労働者確保の方法だった。

しかも、送り出した労働者がさまざまな天引きによって、朝鮮の家族に送ることが出来るお金は僅少だった。ここで記されている13円少々の額では、一家が暮らすことは難しかったはずである。これは、同じ時期のソウルの賄い付きの家政婦の月給と同じ程度である。そして、日本行きの労働者からの仕送りが実際にはなされず、連絡自体が途絶えることも往々にしてあった。残された家族にとって動員は、「家計収入の停止」を意味したのである。