2020年6月7日日曜日

「連行したが全員逃亡」:警察官の回想③

江原道地方・鉄原警察署長を務めた細谷宇一の回想

 「鉄原郡庁から割り当てられた内地行き供出労務者を出発前日鉄原郡庁に連行した。郡庁で調査の上邑内の各旅館に分宿させたが、翌日定刻に集合しないので調査した結果全員逃亡したことが判明したと郡庁から署に連絡があった。(中略)調査の結果専業農家の経営の中心人物のみで自宅に帰っておった。住民は労務供出を回避するため、家計を相続する長男が分家して一家創立する者もあった。総督府施政で最も嫌われたのは労務供出の行政であったように思われてならない」


(細谷宇一『官界人生行路回顧の一端』山形県天童市、1985年)

解説

 細谷は、1920年から45年まで警察幹部として勤務した。ここで回想しているのは、彼が鉄原警察署の署長を務めていた44年のことである。

最近では、日本への出稼ぎを望んでいた朝鮮人も多かったとして、「強制連行はなかった」との主張を繰り返す論者もいる。しかし、実際には、「専業農家の経営の中心人物」、つまりは離村や転職のインセンティブなどまったく持たない者まで、当局は動員しようとしていた。当然ながら彼らは動員を嫌がり、逃亡して抵抗した。労務動員が嫌われたのは、現場で業務に携わっていた者であれば、よく知っていることだった。