江原道地方・春川署幹部だった田代正文の回想
「当地では軍需産業に対する労務補給のため朝鮮人の労務者供出が盛んに行われていました。これは警察が郡庁とタイアップして村落を駆け回り労務者の供出に片棒をかついだ恰好(かっこう)でした。しかし、いざ送り出す段になると駅頭に於ける被供出家族の号泣に次ぐ号泣は誠に哀れであり、むしろ悲惨な状態を現出したものでした。
(金剛会編『江原道回顧録』同会刊、1977年)
(金剛会編『江原道回顧録』同会刊、1977年)
●解説
『江原道回顧録』は、江原道で勤務した警察官たちの回想記を戦後まとめた記録集である。田代は1943年10月に春川署に着任している。
1942年2月以降、日本内地行きの労働者の取りまとめは、地方の役場の役人や警官が協力して行い企業側に引き渡すという、官斡旋(かんあっせん)という方式で進められた。これは、その業務にあたった担当者としての回想である。
1943年の段階で、もはや朝鮮農村部にも「供出」できる労働力は枯渇していた。家族の「号泣」は、望んで配置先に赴く者がいなかった実情があったためである。