2020年8月5日水曜日

前夜か当日に徴用を告げられ、連行される



或る地方では官斡旋通知又は徴用令状(徴用令書)を予めこれを本人に交付すれば逃げる心配があるといって、警察官や面吏員が其の通知を出頭前日の晩或は出頭日に当って本人に交付しながら即座で引張って来る。ことここに至れば本人も家族も突然の事で恐怖心を起し、哭(な)いたり憐みを訴へたりすることも往々あるがこれは結局この地方の人達は徴用の事を聞くと丸(まる)で死地に連れて行かれるのも同様のものと思ひ益々忌避し逃亡者を出す様な傾向があるのである。


(出典:安興晟煥「勤労動員の当面課題」『国民文学』194410月号)

解説 
雑誌『国民文学』は、植民地朝鮮で戦時期に唯一発行されていた文学雑誌で、日本語で書かれていた。その全編にわたって、朝鮮人がいかに日本に協力すべきか、といった論考が載せられている。この文章の著者である安興晟煥も、朝鮮人対日協力者として、労務動員の意義を朝鮮の民衆にどのように理解させ、着実に進めていくべきかを論じている。
だが安興は、実際には朝鮮での労務動員がかなり無理に進められていることを指摘する。徴用の通知は前夜あるいは当日に突然示され、即座に「引っ張って来る」。連れていかれるのは、どこかも分からない、言葉も通じない日本本土なのだ。これでは、不安に駆られて逃亡者が続出するのは当然だろう。